ラジャー・ダト・ノンチック(マレーシア上院議員)

かつて日本人は清らかで美しかった。

かつて日本人は親切で心が豊かだった。

アジアの国の誰にでも自分のことのように一生懸命に尽くしてくれた。

-マレーシアの上院議員 ラジャー・ダト・ノンチックの詩『日本人よありがとう』より19894月の詩-

今日の一言はマレーシアのノンチック上院議員の詩です。

この詩は後にこう続きます。読んでください。

 

何千万もの人の中には少しは変な人もいたし、怒りんぼやわがままな人もいた。

自分の考えを押しつけて威張ってばかりいる人だっていなかったわけじゃない。

でも、そのころの日本人はそんな少しの嫌なことや、不愉快さを越えて大らかで真面目で希望に満ちて明るかった。

 

戦後の日本人は自分たち日本人のことを悪者だと思いこまされた。

学校でも、ジャーナリズムもそうだとしか教えなかったから真面目に、自分たちの祖父や先輩は悪いことばかりした残酷無情なひどい人たちだったと思っているようだ。

だからアジアの国に行ったら、ひたすらペコペコ謝って「私たちはそんなことは致しません。」と言えばよいと思っている。

そのくせ経済力がついてきて技術が向上してくると、自分の国や自分までが偉いと思うようになってきて、うわべや口先だけでは「すまなかった。悪かった。」と言いながら、自分本位の偉そうな態度をする。

そんな今の日本人が心配だ。

本当にどうなっちまったんだろう・・・。

日本人はそんなはずじゃなかったのに。

本当の日本人を知ってる私たちには、いまはいつも歯がゆくて、悔しい思いがする。

 

自分のことや自分の会社の利益ばかりを考えて、こせこせと身勝手な行動ばかりしているヒョロヒョロの日本人が・・・、これが本当の日本人なのだろうか。

自分たちだけ集まって、自分たちだけの楽しみやぜいたくにふけりながら、自分がお世話になって住んでいる、自分の会社が仕事をしている、その国と国民のことをさげすんだ眼でみたりバカにしたりする。

こんな人たちと本当に仲良くしてゆけるだろうか。

どうして・・・どうして日本人はこんなになってしまったんだ。

 

いかがでしょうか? 僕らがいかに偏った視点で自分の国を見ているのか・・・。

マレーシアの人も日本をお手本にのし上がったシンガポールの人もこう思っているんです。

意図的に日本をののしる中国・韓国・北朝鮮の人々だけがアジア人じゃないんです。

僕は直接リー・クアン・ユー元シンガポール首相からこう言われました。

「日本人が・・日本軍が来てくれなければシンガポールやマレーシアはイギリスの残酷極まる植民地政策から解放されなかった。日本軍は去ったがもうイギリスは戻ってこなかった。だからいま独立できた。日本には感謝している。」

と言われました。僕も例によって「日本は貴国に大変申し訳ないことをした。」と言ったら、「君は何を言っておるのか?」とたしなめられて、その後に言われたのは上記の言葉です。

大変なカルチャーショックでした。

みなさんはどうお考えになるでしょうか?

 

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コメント(4)

ZZRさんこんにちは!
お久しぶりです。ZZR1100はお元気ですか?
僕も鈴木健二さんの本読みましたよ。
どこの国も程度の差こそあれ似たようなものではないでしょうか?

中国の人もとんでもない人も多いけど、いまやハーバードでもMITでもTOP50人はほとんど中国人かインド人らしいです。
なんでも現象は上下極端に表れるものなのでしょうね。

人生といっしょで一度失ったエネルギーに点火するのは並大抵じゃないですからね。
日本もこれからが本当の勝負でしょうね。

Peace4Uサマ
いらっしゃい。
おそらく、どちらの日本人もいたんでしょうね。
南京事件がなかったというのも違うと思うし、日本兵がみんな鬼だったというのも違うでしょう。

僕らの小学校の頃の教科書には、毛沢東の八路軍(パーロ)がにこにこ民衆と話す・・・とても日教組的社会主義礼賛のような写真が載っておりました。
今じゃ信じられない写真ですが・・・。

こんにちは。
 
20年前、大学生の時に元NHKアナ・鈴木健二さんの本で、
「若い時は年上と付き合え、年をとったら若い人と付き合え」
と書いてあったのが印象に残り、そのようにしてきました。
 
趣旨は、年上(年配者)は礼節やマナーが身についており、
若者はそれを学ぶことで礼節やマナーを身につけられる、また
年配者になったときは若者の感覚を学ぶことで気持ちを新たに
することができる、というものです。なるほどと思いました。
 
だけど、昨今はマナーの欠如した年配者が増えたと思います。
それを学んだ若者もさらにマナーが欠如して・・・
 
ただ、モンスター化した年配者や若者ばかりではないことも
事実です。
私と一回り以上違う年配者や若者の知人には、私や私の子供の
誕生日に必ずプレゼントを贈ってくれる年配者がいたり、家族
同士で一緒に食事しましょうと言ってくれる若者がいたりして
温かい気持ちにさせてくれる人もいます。
 
戦時中の日本軍で、戦場の兵隊たちは国の将来のため、愛する
人を守るため、勇敢に礼儀正しく行動したと考えています。
戦後、南洋の島々が独立した際、原住民は新たに苗字をつける
時にサトウとかタナカとか日本人名をつけた人もいます。また
現地語に日本語をそのまま転用した言葉もあります。その理由
は「大変世話になって感謝しているから」。決して、強制され
て厭々行なったことではないはずです。もう日本軍は来ないし。

今、モンスター化した一部日本人の姿とは、当時の大本営の
エリート集団の姿そのものかもしれませんね。
 
長くなりましたが、歴史について誰がどんな解釈をしても、
歴史・histryとは、he’s・storyなんですよね。
私のhe’s・storyは上記のとおりです。
 

修サマ
村社会の崩壊が日本人の利己主義意識をを加速させたのかもしれませんね。
でも、かつて村社会で生活していた年長者の方々でも、公共施設でのマナー違反など、ひどいものがありますので、一概にはいえないかもしれませんね。
日本をお手本にして近代化した、マレーシア、シンガポールが、今後今の日本のようになってしまわない事を祈ります。

日本軍のアジア侵略に関する話は以前にも何かで聞いた事がありました。
歴史の二面性というか、多面性ってホント複雑ですね。

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