ネヴィル・チェンバレン英国首相

戦争が始まったら、勝者も敗者も一様に、人間の悲惨と辛苦の、身の毛もよだつ収穫の落ち穂を拾うことになるのだ。

-[1869-1940]  英国の第60代英国首相 アーサー・ネヴィル・チェンバレン1939731日第二次世界大戦前夜・ドイツ軍ポーランド侵攻直前の言葉-

今回の「バイカー修ちゃん・今日の一言」はアクセスが少ないかもしれないな。

でも、歴史は半世紀で評価が180度変わるという例をみんなに知ってほしいんだ。

 

英国のチェンバレン首相なんて日本人はだれも知らないかもしれない。

それは有名なチャーチル首相の前の首相だった人だ。

チャーチル・・・ヒトラーの脅しに屈せず、弱腰で、「腰抜け宰相」といわれ失脚したチェンバレン首相の後にでて、ナチス・ドイツを敗北に追い込んだ大英帝国の英雄・・・。

これが定説だし、チャーチルは文才もあって、1953年にはノーベル文学賞も受賞している。

バイカー修ちゃんも何回もチャーチルの名言は紹介してきた。

 

しかし、いまこのチャーチルの評価が大きく変わろうとしている。

なぜか?

第二次大戦に英国はドイツに勝利したものの、インドをはじめ植民地や、カナダ、オーストラリアやニュージーランドの英国連邦はつぎつぎに独立し、「大英帝国」は実質的に崩壊した。

なぜか?

莫大な戦費がかかり、アメリカから法外な条件での借金をせざるを得ず、実質破産してしまったからだ。

そして・・・

世界は一世紀続いた大英帝国(パックス・ブリタニカ)の時代から、アメリカの時代(バックス・アメリカーナ)の時代にとって代わられた。

さらに・・・

世界の悪魔アドルフ・ヒトラーとナチス・ドイツを倒したにもかかわらず、それ以上の悪魔スターリンとソ連を生み出し、世界は半世紀以上「共産主義陣営」と戦わねばならなくなった。

 あろうことか・・・

戦いに勝ったはずのドイツや日本に、戦後あっという間に経済も抜かれ、その後英国は、二度と世界の経済の頂点に立てなくなった。

 

これが正しい選択だったのか? いま、英国でにわかにその議論がおきている。

これは明らかにチャーチルの戦略ミスではないか?

 

少なくとも、価値観の同じドイツと手を組み、ソ連をたたいておれば、その後の共産中国も含め、数億人の人類の命を救うことができたのではないか?

 

なんとも説得力のある意見です。

たしかにユダヤ人の問題とかはありますが、スターリンや毛沢東が自国の人民を殺した数はヒトラーの数段上をいきます。

どんな歴史も、「正しい歴史認識」なるものは存在しません。

事実はひとつでしょうが、その評価は国によって、時代によって変わるものです。

「正しい歴史認識」をもつならば、ロシア人がスターリンの極悪非道ぶりを検証しているように、中国人もまた、毛沢東の狂気の粛清をも認めてから声にすべきでしょう。

「弱腰チェンバレン」の評価も変わりつつあるようです。

 

そして・・・日本人も帝国時代の野蛮な行いもまた、認めざるを得ないと思います。

ソ連帝国も、中国共産帝国も、日本帝国も、自国民の命を紙のように軽く扱った以上、外国人の命も同様だったのです。

どの国も一方的に相手を非難し、自分を擁護することはできません。

 

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.q-bic.net/mt4/mt-tb.cgi/2210

コメント(2)

たごさくくんいらっしゃい!
たごさくくんらしい立派なコメントだと思いますよ!

ぶら下がり健康器があってテレビがないのは悲しいよね((+_+))

僕らの世代とたごさくくんの世代はそんなに大きく違わないので、テレビのもつ意味はとても大きな時代でしたよね。
たごさくくんの小説の読書はすごいですよね。
山崎豊子さんの「大地の子」は読むのにつかれたでしょう?

ものすごいリサーチで小説を書かれているので、まるでドキュメンタリーか?と思うほどですよね。
そこから得る知識と、テレビのコメンテーターが伝える「事実」の差はそんなに大きくないと思います。

虚構とはいえ、作家の力量が違います。
それを読むたごさくくんの力量も気づかないうちにアップしているんですよ。

AKB48・・・僕は板野トモミさんしかわかりません・・・。

ブリタニカって、英国(グレート・ブリテン、ブリティッシュ)に由来した言葉だと初めて知りました。父がブリタニカ百科事典をドーンと購入し、満足げにしていたことを思い出します。ただでさえ狭い官舎暮らしなのに、我が家は百科事典からぶら下がり健康器まで様々な物品で溢れ、よその家にはないものは増え、次は何が来るのだろうと怯える一方、どこの家庭にもあるテレビはなくて実に悲しかった思いがあります。

今日は百科事典やテレビの話ではないのでこれ以上引っ張ってはいけないのですが、難しいテーマにずばっと切り込んでいく修さんから、私は何か良い影響を受けたいといつも願っています。

知識も表現力もなくまともなコメントはできませんが、最近凝り出した小説の読書からいろんなことを知りました。例えば「永遠の0」では、修さんの仰るとおり、第二次世界大戦での日本の無謀な戦略のない戦いぶりや人命軽視のこと、先日亡くなられた山崎豊子さんの「大地の子」では、中国残留孤児のことや、文化大革命のこと、毛沢東をはじめ歴代の指導者のこと、中国人特有の気質のことなど。

それらはフィクションであるだけでなく作家の目を通した「歴史認識」であり、鵜呑みにしてはいけないことですが、テレビや新聞などメディアの報道もまた、他人の目を通した伝聞であるので、小説は虚構だけど、報道は事実であるとはいっても実は大差ないのではないかという気がします。また、ある事実は取り上げて別の事実は取り上げず、そうこうしているうちに報道機関や行政府の主観に充ち満ちた「歴史認識」が形成されていく過程は、小説を書くことと違いがないのではとさえ思います。

先日、たまたまついていたテレビのバラエティ番組に、某政党の幹事長が出演していて、AKB48を知っているかという問いに「存在していることは知っている」という趣旨の発言がありました。出演するなら「よく知っている。メンバーの○○のファン」とか少しリップサービスすりゃいいのに、あれでは出演している意味がない。「私は最近、指原だけは見分けがつくようになりました。一部ではブスだと言われていますが、そんなことはないと思います。」これが模範答弁でしょう。もっとも今のは私の認識です(*^_^*)

コメントする

月別 アーカイブ