朝礼ネタ・スピーチに名言コラム~バイカー修ちゃん・今日の一言
私は、私と私の環境である
-[1883-1955] スペインの歴史的・実存主義的哲学者哲学者 ホセ・オルテガ・イ・ガセットの言葉‐

長崎経済研究所「ながさき経済」4月号に文章を寄稿しました。ブログでも掲載します。

長崎経済研究所「ながさき経済」寄稿

長崎こそ『文化の時代』の象徴都市に

~『文化の時代』と『経済の時代』~

長崎はかつて極東のコンスタンティノープル(現イスタンブール)でした。西欧と東洋の出逢うところという意味でです。コンスタンティノープルの陥落からそう時を経ずしてポルトガル人がやってきて、わが国で初のキリシタン大名大村純忠[1533-87]との交易が始まり豊臣、徳川政権での長期にわたる天領となって莫大な富を生み日本の『経済の時代』の窓口となったのです。その後日本初の公式遣欧施設となった「天正遣欧少年使節」の四少年の派遣で『文化の時代』の交流の窓口ともなりました。

ポルトガル人のイエズス会神父ドゥアルテ・デ・サンデ[1531-1600]著『天正遣欧使節記』には「ローマ教皇グレゴリウス13[1502-85]が多量に流された涙は、そこに居合わせた全ての人々がいかに悦びと慈愛の念を持って新しくイエスの子息となった者たちを抱擁したかを証明するものでした」と少年たちとのローマ教皇の謁見の様子を書きとめています。

 

「歴史」をロマンや史実だけで語る人は多いですが、人間の営みが歴史であれば、そこには「経済」と「文化」が密接に絡んでくることは現代も中世も同じです。歴史はロマンで語られがちですが、ひるがえって「経済」はカネの流れと合理主義で語られることが多い。

「経済」も人間の営みであれば、そこには歴史や文化が密接に絡んでくることは疑う余地がありません。「経済」を歴史や文化抜きに語り、経営判断することは、たいへん危険でものの見方を近視眼的にしてしまいます。

 

『経済の時代』の常識というトラウマ

日本は戦後、長く成長が続き世界でまれにみる経済的成功を謳歌した時代がありました。第二次世界大戦で200万人強という旧ソ連、ドイツに次ぐ戦死者をだした国ですから、戦後の大いなる復興期の『経済の時代』は爆発的な人口増加と比例します。この『経済の時代』は当然ながら国内外で需要に供給が追いつかず、「よいものを、より安く、大量に」作って成功できました。カネの価値がすべて、ものの良し悪しはカネの価値に変えて評価する。すべてを形式知で判断した時代です。そこでは歴史や文化などの暗黙知は「カネにならない」と評価されず、学歴偏重、初任給の高さ、マークシートのテストなどあらゆるものを見える化し、形式知におきかえました。経済は永遠に拡大し、土地も株も上がり、終身雇用制で身分も安心、日本人と日本経済は特別なのだとまるで戦前の「神国日本」といわんばかりの勢いでした。この『経済の時代』の常識に我々日本人は疑うことを知らずにまい進してきたのですが・・・もちろん日本人と日本経済だけが世界に比べて特別な能力をもっているはずもなく、1990年初頭のバブル崩壊を迎えてすべての価値観が崩壊、逆転してしまいます。

 

『経済の時代』から『文化の時代』へのパラダイムシフト

すでに人口減少期に入っていたこともあり、経済は失われた20年に突入しカネの価値でいえば縮小縮小の連続です。やることなすことがうまくいきません。それはそうでしょう。人口減少は経済の縮小に直結します。『経済の時代』の常識はまったく通用しない。それは新興国が行うものだからです。先進国は日本よりもはやく『文化の時代』の段階に入っていますので、「見えない付加価値」=「暗黙知」を重視する時代になっていたのです。

これは『経済の時代』の価値観と逆転します。価格の高い安いはすぐわかりますが、付加価値の高い低いは暗黙知です。目に見えるものの価値しか評価してこなかった日本人の常識は世界の非常識となってしまうぐらいのパラダイムシフトです。

 

例をあげましょう。日本は世界に冠たるモーターサイクル大国です。ホンダは世界一のバイクメーカーです。200馬力もあって300kmもスピードがでる超高性能バイクを150万円で販売ができます。まさに数値的な「形式知」のカタマリ。世界最高性能です。しかしながら、馬力も公表しない(明らかに低いです)、スピードも出ない200万円以上するハーレーダビッドソン(以下ハーレー)のほうが売れています。「音がいい」「人生を豊かにする」「気持ちいい」これすべて数値化できない「暗黙知」です。日本の高速道路の最高速度+αくらいで巡航することはハーレーでも難なくできますし、ものすごく快適です。私もバイクが大好きでハーレーも持っていますが、これは日本では作れないバイクだと感じます。300kmも出るバイクでたった100kmそこそこで巡航することは苦行に近いものがあります。まさにハーレーは『文化の時代』のバイクなのです。また、日本は自動車大国です。しかし「高級車」というカテゴリーでは、国内ですらドイツ車にはなかなか苦戦しています。品質が良くて安いのになぜ売れないの?という悲鳴が聞こえそうです。頭の中身が『経済の時代』のまんまの日本人には「高級」という暗黙知的概念がなかなか理解できないようです。日本人には、「デザインとは歴史と文化が織りなす有形無形の造形の芸術である」という文化的概念が希薄で、「デザインとはかっこよくして目立たせて売り上げをあげるための手段」という『経済の時代』のまんまの浅薄な考えしかないような商品・サービスが目立つような気がしてなりません。

 

『文化の時代』の概念をどう地域経済に生かすか

九州教具は今年設立70周年を迎える会社です。昭和21年(1946年)に教育者であった本田嘉末が創業した「本田文具店」がその始まりです。文具・学校教材から事務用品・家具、事務機・OA機器から現在のICTIoTAIに至るネットワーク社会に対応してきました。そして本業のソリューションビジネスにとどまらず、1996年には長崎市江戸町に「ホテルベルビュー長崎出島」をオープン。現在、「ホテルウイングポート長崎」、「ホテルクオーレ長崎駅前」、そして波佐見町の誘致を受けオープンした「ホテルブリスヴィラ波佐見」の計4軒を経営するホテルビジネスに成長。またビル管理や営繕・教育・セキュリティを担うキュービック・ファシリティ・マネジメント、建設ソリューションを行う九州精密、ミネラルウォーターを製造販売するウォーターネット事業部と広がり、拠点も県内にとどまらず福岡県北九州市に支店・博多駅近隣に福岡営業所設置、活動範囲も九州を網羅するようになりました。わが社が多角化したのは『経済の時代』の事業拡大とは意味合いが違います。それは『文化の時代』型に事業全般をを変革するために多角化したのです。

 

既存事業の成功体験を「否定」する

ソリューションビジネス、わかりやすくいえば事務機販売業も他の業種同様、『経済の時代』の背景である人口増加に伴って拡大しました。子どもの増加とともに学校・教育関連は拡大し、経済の拡大に乗って文具消耗品も事務機もコンピュータもオフィス家具も売れました。

しかしそれもバブル崩壊まででした。それ以降中小企業の数は減り続けます。ちなみに中小企業白書によると、日本の企業は1999年には484万社ありましたが、2014年には382万社になっているのです。15年間で100万社、実に20%以上の激減です。自治体も平成の大合併で減り、少子化は加速して学校の廃校はいたるところでおきています。このように実質経済の縮小は人口減少とともに確実に進行し、今後の日本で業績を上げていくには「付加価値の増大」=利益率の向上しかありえません。

かつての事務機業界はデフレーション経営の最たるものでした。半値近くで複写機を販売する。入札でたたかれる。「安売り」することがDNAになっています。たしかに「安く」すれば「大量に」売れた時代が『経済の時代』だったので、それはそれで時勢に乗った販売方法であったとは思います。商品もまたモノだった。複写機もコンピュータも机もイスもロッカーもすべてモノだった。ところが、我々事務機業界はどの業界よりもダウンサイジングと高性能化が進み、パソコンの性能は20年前に比べて劇的に良くなった。

今のスマホ(スマートフォン)は、当時10億円した最高のコンピュータより処理速度が速い。末端のコンピュータの性能が1000倍になったら、インターネットの性能も1000倍になる。そしてモノ(ハードウェア)価格は反比例にて限りなくタダに近くなった。そのように発展してきたのです。おまけに文具や消耗品はインターネット通販がすでにあたりまえです。もう「5年たったからコピー機替えてください」は通用しないのです。しかしながら、いまだにほとんどの事務機販売業はこれをやっている。いくら「安く」してもこれからは「大量」には売れません。これでは『文化の時代』に生き残れるはずがない。

これまでの成功体験を自ら否定して、まったく新しいビジネスモデルに変化しなければならないのです。世界で最も古い文化をもつ日本に『文化の時代』に対応できないはずがありません。文化は古いものの復古だけではなく、新たなる価値を生み出すことです。世阿弥、利休、琳派、浮世絵、歌舞伎、マンガ、アニメ・・・どれもすべてその時代はパンクで斬新な創作でした。これらを生んだ日本文化にとって『文化の時代』こそ最適な時代なのです。

 

モノ売りからコト売りへ『経済の時代』から『文化の時代』へシフトする

我々はモノ(ハード)を売ればお客様の問題は解決できると思っていた。しかし『文化の時代』はコト(ソフトウェア・ノウハウ)の時代。我々自らが、お客様と同じ立場に立ってあらゆる問題にチャレンジし解決していくことでそのノウハウを身につけ、お客様の問題を解決していかなければならないと考えました。そこで、自らサービス業に身を投じる決意をし、試行錯誤して、24時間年中無休のもっともハードなサービス業でもあるビジネスホテル業を行うこととしたのです。事務機の社員で始めた一号店「ホテルベルビュー長崎出島」は軌道にのるまで本当に苦労しました。

しかしそこから得られたノウハウは想像以上でした。事務機販売業の常識をお客様目線で見たら、いかに非常識であったか思い知らされました。

ホテルからでてくるニーズは、安いコピー機を持ってくることではなくて、マーケティングのノウハウ、データとお客様のセキュリティの確保、インターネットの高度な活用、顧客満足の絶え間ない向上・・・、まさに『文化の時代』の要求であり、それも形のない暗黙知の要求だったのです。このホテルのニーズに応えていくことで事務機、いわゆる九州教具ソリューション事業部は大きく変化することができました。いま始まったばかりのインダストリー4.0『第4次産業革命』に日本は大きく出遅れていますが、人口減少と少子化という危機をばねにこれから本格的に花開く情報革命に、若き次世代日本人が再び世界をリードしていくものと信じています。

出遅れけっこう。『経済の時代』のときも敗戦国日本は最後尾の出遅れスタートでした。

アメリカ文化の自由と開放感、先進性に衝撃を受けてパラダイムシフトした。落ち込むことはありません。日本人は逆境に強く切り替えもはやい。

すでに日本人は自分たちが現代の時代にずれていることを自覚している。スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットの言葉を借りれば「文化衝撃こそが歴史的な感覚を生む」のです。私はこれからの九州教具の未来と長崎および日本の未来を楽観している。コンスタンティノープルは滅びたけれど長崎、そして日本は滅びないだろうと思っています。




西洋人の観念には、「神」という「絶対の存在」――つまり比類なき唯一のウソ――があるように思う。
古来、「神学」は、ありもしない絶対(神)を、ある、ある、という哲学的論証を重ねつつ、論理と修辞と叙述を発達させてきた観がある。
-[1923-96] 大阪市出身の小説家・評論家 司馬遼太郎1994年文藝春秋『日本人の二十世紀』より-
あるとき、ヒトラー総統が腹心のロンメル将軍をよび、「同盟軍であるイタリア軍をどう思うか?」とたずねた。
ロンメル将軍は答えた。
「イタリア軍兵士一人ひとりについてならば、彼らは勇猛果敢なライオンです。将校はどうかといえば、ソーセージというところですな。参謀本部となると・・・これは肥料の山でしかありませんが」と答えたそうな。
-[1905-57] イタリアのジャーナリスト レオ・ロンガネージの日記より-

「不可能」を説明することはとても難しい。
何故なら、昨日の夢は今日の希望であり、明日の現実であるからだ。
[1882-1945] 米国の発明家・ロケットの父 ロバート・ゴダード 高校卒業式総代としてのスピーチ
「ムカつく」「ヤバイ」・・機能化・効率化を目指した社会は、言語まで短縮して「ニュースピーク」を生んだ。しかしそれは効率化どころか逆にコミュニケーションの喪失をもたらし、沈黙という語りえない「心の闇」を大量発生させる結果となったのである。
-[1949-] 横浜市出身のフランス文学者・評論家 鹿島 茂2013年著『悪の引用句辞典』より‐
「時間資本主義の時代」には、消費者は時間を節約する「さくっとニーズ」と「時間をゆっくり費やす「わざわざニーズ」を巧みに使い分ける。
-関西大学 総合情報学部教授 松本 渉2014年の言葉-
「効率性」を求めると不安定におちいる。私たちが生きている資本主義経済には、本質的にそういう「不都合な真実」がある。
-[1947-] 東京都出身の経済学者・東京大学名誉教授 岩井克人の発言-
正直言うと、良い印象はまったくなかった。言葉はがさつで、しょっちゅう怒鳴りあっているし、メシはぴちゃぴちゃ音をたてて食う。「食事をとる」なんて生易しいものではなく、まさに「メシを食って」いた。
話してみるとケチで強欲で自分勝手。いいと思ったことしかやらないし、したくないと思ったらテコでも動かない。アメリカでは「Mr.Kobayashi」だったが、本田技術研究所では「よう、あんちゃん」である。
服のセンスなんて言わずもがな。すべてが洗練とか上品とかの正反対だった。(中略)
私にとって「本田技術研究所」は異境、もっといえば魔境だったのである。そこではアメリカで学んできた最新の技術も論理的思考も生かしようがなかった。
すぐに辞めたくなった。
-[1945-] 東京都出身の技術者・ホンダで日本初のエアバッグシステムを開発・量産化 小林三郎2012年著『ホンダ イノベーションの神髄――独創的な製品はこうつくる』より-
結局のところ競争力とは、新たな優位性がどれくらいあるかではなく、いかに短時間でその優位性を組織の末端にまで根付かせられるかにかかっている。
既存の優位性についていくら評価を重ねたところで新しい優位性は生まれない。
戦略の要諦(ようてい)は、既存の優位性が他社に真似される前に次の優位性を生み出すことにある。
-[1942-2010] インド出身のミシガン大学経営大学院教授 コインバトール・K・プラハラード 1989年著『コア・コンピタンス経営:Competing for the Future』より-
「なぜそうなるの?」の根源的な答えである〔それ〕についての問いは、神聖な問いであると同時に、学問を生み出すような深い意味をもった問いでもあった。
宗教も哲学も、子供が発する〔なぞなぞ〕という遊びの中から生まれたのだと考えることができるだろう。
-[1872-1945] オランダの歴史家・サンスクリット文献研究家 ヨハン・ホイジンガ『ホモ・ルーデンス 人類文化と遊戯』より‐

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